繋ぎ飼われたその果てに-17

 女性の行動は早く、彼女の声で3人の男性が集まった。全員20代後半とあまりにも若い。最初は不信感が生まれたものの、提示された金額は一人二万五千円とそう悪くなかったので承諾した。先にお金を受け取り、談笑もほどほどに移動した先はこぢんまりとしたマンション。今日来た男性のうちの一人が住んでいる一室にお邪魔した。最近のラブホテルは大人数だと断られるケースもあるのだという。
 急遽決まったことだから仕方ないけれど、部屋は散らかっていた。埃っぽい床、ごちゃごちゃになっている新聞紙と折り込みチラシ、転がっているビールの空き缶。とてもムードを見いだせる環境じゃない。私たちは順番にシャワーを浴びて事に及んだ。触り方を教えてもらいながら口や手を使う。一々注文が多く、金を払ってやってるという態度を見せつけられて開始早々疲れてくる。状況が変わったのは一人目と身体を重ねてから。
「おい、お前激しすぎ。この娘感じるのに精一杯でまともに手動かせてないじゃん」
「だって、これっすっげーいいっ。良すぎっ」
「おいおい、なにガチで余裕なくしてんの」
「え、そんなに? 良いの?」
「やばいやばいやばい」
 力強い律動。
「あっ。んっあっあっ」
 声が漏れ出て止まらない。特別良いわけじゃなかった。ただ今までにないくらい強く求められて、その生理的反動で声が出るだけ。叩かれたら痛いと叫ぶのと同じだ。
「なに、急にどうしたの」
 キッチンで電話に出ていた女性が騒ぎに気づき、通話中にも関わらずこちらに近づいてくる。どこの誰かも知らない人に喘ぎ声を聞かれていると思うと恥ずかしさで消えてしまいたくなった。
「なんかこの子名器らしい」
「ふーん」
 女性は一度理解すると興味が失せたように平然と電話を続けた。
 本番が始まり、こちらから何もしなくてよくなったぶん楽だけれど今度は受け止めるのに忙しくなって疲れることに変わりはなく、終わったときには身体がぐったりしてすぐには起き上がれなかった。汚い室内で一人布団の上でうつ伏せに倒れている情景はさぞ落花無残に映っただろう。激しかったわりにタナカさんのときみたいに出血しなかったのは不幸中の幸い。
「どうだった?」
 男性たちが順繰りにシャワーを浴びている中、終始傍観に努めていた女性がしゃがんで私を覗きこんできた。
「疲れた」
「だろうね。一度に三人とか私でも嫌だし。ま、よかったじゃん。自分じゃなくて男の問題って発覚して。中に相性いい奴いた? なんなら話通しておくけど」
「大丈夫です」
「そ、残念。じゃあそろそろ起きな。帰るよ」
 催促され、嫌々起きる。床に散乱した衣服を集めながら浴室へ歩いた。立ち続けることができず、ずっと浴槽の縁に腰掛けてシャワーを浴びる。途中、男性の一人から手伝おうかと申し出があったけれど断った。延長戦に挑む体力はないし、代金の上乗せもないだろう。
 何やってるんだろ、私。
 タナカさんとするときよりも酷い有様だ。虚無感が凄い。でも全てはお金のため。タナカさんのときはそう思えば幾分気を保てたのに、今は虚しさに苛まれている。
 いくら貯めればいいんだっけ。
 通帳から引き落とされる学費は確か年54万円。それに2、3年生の教科書代もあるから60万はあった方がいいだろう。私が元からあった貯金は8万円、それにタナカさんがくれた6万と今日稼いだ7万5千円を足して21万5千円。まだ全然足りてない。もし学費がクリアできたとしても生活費がある。今は湯尾君に甘えさせてもらっているけれど、一人で稼げるようにならないといけない。
 ずっと彼の側にいるために。
 罪悪感に蝕まれている場合じゃないんだ。もっと、もっと搾取しなければ。
 私が浴室から出ると男性二人はすでに帰っていた。
 結局誰が誰だか見分けがつかずに終わったな。
 思ったところで余計虚無感が膨らむだけだと察し、考えることを止めた。
 二人でアパートを出て、女性が用意したタクシーに乗り込む。時刻は21時を回っていた。
 車内には眠気覚ましのラジオが静かに流れており、窓の外に目をやれば街灯の光が線となって飛んでいく。もうすぐ湯尾君のアパートだ。湯尾君は帰宅しているだろうか。また朝帰りだったらどうしよう。今日は孤独に耐えられる気がしない。一緒に眠れなくてもいい。帰ったときに一言貰えたら、それだけで蘇生できる。家に帰ったらそこにいる、暖かな風景を思い描いて目尻に涙が膨れたときだった。
「あの子によろしく伝えといて」
 左に振り返れば、私と同じように窓の外を眺める女性。
「何をですか」
 訊ねると女性は流し目だけ寄こした。
「元気でねって」
 唐突なことに息を呑む。
 まさか湯尾君を切ろうとしている?
 私の懐疑を彼女は微笑むことで肯定した。
「どうして」
 思わず声を張り上げる。
「あの子もう使えないから」
 彼が何をしたというんだろう。逐一言いなりになるくらい従順なのに。セックスだって上手だと自分で言っていたじゃないか。もし私が邪魔なら親切に悩み相談なんかのらないで冷淡に扱えばそれで済む。
「湯尾君はあなたがいないと」
 生きていけない。学校に通えなくなる。あのアパートだってこの人名義のはずだ。いずれはこの人を押しのけるつもりではいた。でも、それは遠い先の話。今じゃ、急すぎる。
「あ、あれ嘘だから。私一人目じゃないから安心しな」
「えっ」
「きっかけはダチなの」
 女性は語った。自分は二人目で、ずっと本命のおこぼれを貰っていただけなのだと。
「私があいつにあげてたお金って他の人等に比べたら微々たるものだから、そう影響は無いよ。安心しな」
 それを聞いて気が遠くなる。私はまだ本命の影すらつかめていなかった。悔しさが湧き上がる。
「お断りします」
「は?」
 今度はしっかりと女性はこちらに顔を向けた。
「そういう大事なことは自分から話してあげてください」
 ただでさえ湯尾君とは微妙に距離ができているんだ。私から話したら間違いなく疫病神扱いされてしまう。画策していることを勘付かれるのも避けたい。
「あっそ」
 女性は不服そうに唇を尖らせ、再び窓の方へ視線を反らした。
 それから五分もしないうちにタクシーはアパートに到着した。礼を告げ、降車する。
 もう彼女と顔を合わせることはない。私も、彼も。
 家のドアを開けると明かりがついていた。靴を脱ぎ、喜びにまかせて走るも、湯尾君はいなかった。
 なんだ……。
 ガックリと肩を落とす。せめて書き置きはないか辺りに目を配る。それらしきものは見当たらない。私は床に鞄を落とし、とぼとぼと風呂場へ向かった。引き戸を開けると脱衣所も明かりが灯っていて。
「あ、おかえり」
「……ただいま」
 下着姿の湯尾君がそこにいた。上がりたてほやほやらしく湯気を纏っている。出るべきなのは理解しているけれど、素肌を露わにしている湯尾君を見るのが久々で、つい見とれてしまう。
「どうしたの」
 パジャマを身に着けながら湯尾君は私に話しかけてきた。
「あ、ごめん」
 自分が不躾なことに気づき、戸を閉めようと一歩身を引く。
「何か言いたいことあるんじゃない?」
 思わぬ言葉に呼び止められる。タクシー内で女性と交わした会話が一瞬で脳裏に蘇った。
 いや、彼女と別れたのは今さっきの話。きっと湯尾君はまだ何も知らない。
「風邪、もう平気なの」
 素知らぬふりで心配する。今日はどこで寝るんだろう。気がかりなのは確かだ。
「まだ、かな」
 その返事にまたしても落胆して、引き戸に手をかける。
「お大事にね」
 私は静かに戸を閉めた。
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