繋ぎ飼われたその果てに-16

 違和感に目覚めた。お腹、よりももっと下のところが痛い。その痛みはどこかから漂ってきた甘い匂いによって和らいだ。美味しそうな匂いだ。その甘さを追いかけるように目蓋を開ける。
「おそよう」
 私の右側に体操座りでマグカップを啜る湯尾君がいた。
 風邪、もう大丈夫なんだろうか。この匂いはミルクティーか。優雅だな。私も飲みたくなってきた。
 起きようとして、昨夜酷使した箇所にまた痛みが走る。直後は何もなかったのに。
「どうしよう」
「何が」
「起きられない」
 目で助けを求める。湯尾君はミルクティーを飲み干してマグカップを床に置いた。私の首に腕を回して抱き起こしてくれる。
「痛っ」
 身体の重心が腰に集まって痛みが倍増した。
「どこが痛むの」
 そう訊かれても困る。一先ず、この痛みが何なのか確認しないと。私は湯尾君にトイレまで連れて行ってもらえるよう頼んだ。肩を貸してもらい、半ば足を引きずるようにして歩く。トイレに入って一人にしてもらい、下に来ているものを脱いだ。トイレットペーパーを破いて恐る恐るあてがってみる。
「っ……」
 痛いのに、トイレットペーパーには何も付かなかった。いよいよお手上げだ。このままここにいるのは辛いし、かといって何事もなかったかのように過ごすのは怖い。
「湯尾君」
 腿を閉じて、リビングまで聞こえるよう声を張り上げる。湯尾君はまだ近くで待機してくれていたみたいで、すぐ返事がきた。
「なに」
「見てもらいたいんだけど……」
 静かにドアが開く。湯尾君は神妙な面持ちで個室に入ってきた。
「どこ」
「ここ」
 恥ずかしさを押し込めて、閉じた太腿の上から患部を抑える。湯尾君の眉間に皺が寄った。
「昨日したの?」
「終わったあとは何もなかったの」
「したんだね」
 そっか、と無気力な呟きを吐いて、湯尾君は優しく私の膝に手を添えた。じんわりと脚は開かれる。そこに注がれる視線にぞくぞくと芯が震えた。
「切れて小さなかさぶたができてる」
 ただのかさぶたか、良かった。
「さすがにゴムはしたよね」
「うん」
「オイル塗っとこうか。待ってて」
 そう言って湯尾君が持ってきてくれたのは馬油だった。小瓶からトロリと一滴すくってじんわりとそこに塗り込む。
 なんだかこうして触れてもらうのが久々で、もっと深くまで触ってほしいと淫らに思ってしまう。せめて悦に浸るくらいは許してもらえないだろうか。そんな思いも虚しくあっけなく湯尾君の指は離れていった。
「これじゃ今日は無理なんじゃない」
「かも……」
 しれない、と言うより先に疑問を抱く。なんで湯尾が今日のこと知ってるんだろう。
「来たよ、メール。今日もよろしくって」
 そうか、連絡は湯尾君にまかせていたんだった。
「今日はご飯だけにしてもらおうかな」
 なんて楽観的に私は考えていた。
 タナカさんに今日は身体の調子が悪いからご飯だけで、と湯尾君に伝えてもらい、一度は了承を得たのだけど、実際会ってみるとそう都合よく物事は運ばない。
「触るだけって無しかな」
 ちょっとお高い焼鳥屋さんに連れていってもらった帰り、もう少し一緒にいたいというタナカさんの申し出にのって外をぶらついていたら、そう肩を抱かれた。この力加減といい、さり気なくホテルの方向に進んでいることといい、まだまだ私を帰す気はないらしい。かと言って彼の欲に流されるのは気が引ける。私とタナカさんの優しいの定義には差異があるから。
「触られるのも響くから」
「じゃあ触ってくれるのは?」
 そうきたか。
 いよいよ悩みが生じる。
 そういえば男の人の触り方、習ってない。
「私まだ慣れてないんですけど」
「いいよいいよ。俺が教えるし。むしろ慣れてない方が嬉しい」
 そんな真っ直ぐな眼差しを向けられたら何も言えなくなる……。
 こうしてタナカさんは強引に交渉を終わらせると、一も二もなく私をホテルに連れ込んだ。そしてあれだけシャワーを嫌がっていたのに今日は一人でさっさと浴びにいく始末。このとき不思議に思うだけだった私は呑気すぎた。
「えっ舐めるんですか」
 バスローブ姿のタナカさんは触るを上回る要求をしてきたんだ。
「うん。ちゃんと洗ってきたから衛生面は安心していよ。さすがに初めてで洗わずはハードル高いでしょ」
 それはいずれ挑戦させるという意味なんだろうか。想像するのも躊躇してしまう。そんな私の気持ちを察したのか、タナカさんは財布から一万円を取り出し見せつけてきた。
「飲んでくれたらもう一枚プラスする」
 迷ったけれど、気乗りがしない。今日のとこは一枚だけにしよう。私はぎこちなく笑ってお札を受け取った。

◆ ◆ ◆

 タナカさんからの眼差しが重い。最初に出血してしまった以上今更初めてじゃなかったと言っても笑われて終わる気がする。財布の紐が緩いのは非常に助かるものの、タナカさんの一方的な満足だけで終わるのがやりきれなかった。このまま順調にいくとは思えない。
『なんかあったら相談くらいにはのれるよ』
 頼ってみてもいいかな。
 私は稼いだ帰りに駅の公衆電話からメモした番号に電話をかけてみた。コールが三回ほど鳴って、もしもし? と声が聞こえる。
「湯尾君の家でお世話になってる來です」
「ライ?」
「あ、のどかです」
「あぁ、ゲスっ娘か。相談?」
 女性の飲み込みは早かった。翌日の18時、私たちの地元の駅で待ち合わせに。
 帰宅すると相変わらず湯尾君は寝袋で眠っていた。まだ全快じゃないらしい。朝、悪いことをしたかもしれない。
 次の日、湯尾君はデートらしく朝から不在だった。今まで出かけるときは何かしら言伝してくれていたのに。
 約束の時間までぼうと過ごしてから枕元に置いてあった合鍵で施錠して家を出た。さすが飼い主と言うべきか、彼女が駅に姿を表したのは待ち合わせの10分後だった。特に悪びれる様子もなく、顔を合わせて早々移動する。連れて行かれたのは近所のファミリーレストラン。当然のように喫煙席に座る。女性はドリンクバーを二人分注文してさっそく煙草を吸いはじめた。私に金をかける気は毛頭ないようだ。
「相手探し行き詰まってるの?」
「一応一人いるんですけど、もっと他にいないかなって」
「そいつとは何が合わないわけ?」
「しても良くないっていうか」
「あー下手くそなのはキツイね。あいつ上手いから余計しんどく感じちゃうんでしょ」
 やっぱり湯尾君上手な方なんだ。それもそうだ、じゃなきゃ5人も女をキープできない。
「とっとと切れば? その下手くそ」
「でも太っ腹なんですよね」
「ふーん。金は出してくれる、と。それに下手なのはあんたって線もあるか」
 否定はできない。受け身なのは確かだから。
「私ができることつったら知り合い紹介するぐらいだけど、本気で女子高生飼いたいってやつはいない。つまむ程度ならやりたいって奴でよければ今すぐ紹介できる。どうする?」
「お願いします」
 とにかく動いて現状を打破したい。その一心で私は答えた。
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