繋ぎ飼われたその果てに-15

◆ ◆ ◆

 私たちはお店を出たあとタクシーでホテルに直行した。未成年だということがバレて止められやしないだろうかと少しハラハラしたけど杞憂に終わる。
 なるだけ早く終わらせたい。部屋に入ったらすぐにシャワーを浴びよう。そんな細やかな目論見は簡単に潰えた。
「ここだね」
 タナカさんが穏やかだったのは部屋に入る直前までだった。
「えっ。ちょっ……待って。待って!」
 ガチャリとドアを閉めた途端、タナカさんは私の首筋に顔を埋めた。べたりと嫌な感覚に頬がつる。
「どうしたの?」
「あのっ、シャワー先に」
「いいよ。気にしないから」
「でも。あっ」
 肩をつかんでいた大きな手が胸元に下り、同時に首を上ってきた舌に耳たぶを舐られる。ぴちゃぴちゃと響く水音が鼓膜を刺激した。今、顔が赤くなってるかもしれない。体中の血が頭に上昇していくのが分かる。
「あの」
「ん?」
「せめてベッド……」
 そこまで言って、やっとタナカさんの唇が離れた。
「そう、だね。ごめんガッツキすぎた」
 アハハ、と笑い声。目が笑ってないし、こちらとしては笑えない。私は胸元にあった手を払った。
「やっぱり、シャワー浴びます」
「えっ」
「シャワー浴びせないの、他の子もなんでしょ。病気怖い」
 "これ以上本番するなら俺も切るよ。病気になりたくないし"。
 湯尾君も言うときは言っていた。この場合中断させても野暮だと怒られる筋合いはない。私はタナカさんを置いて中へ進んだ。
「たっ頼む!」
 呆れ半分で振り向くとタナカさんは土下座していた。それに度肝を抜かれ、棒立ちになる。
「他の子とかいないから! 病気もこの間結果の写メ送ったろ。実物見たいなら鞄の中にある。だからシャワー浴びないで」
 よっぽどの臭いフェチだということは理解できた。世の中にはいろんな人がいる。でも、結果の写メって何の話だろう。
「じゃあ、実物見せてください」
 そう言い終える前にタナカさんはドタドタと立ち上がり、鞄から紙を取り出して私の眼前に広げた。性病検査の結果用紙だった。HIV、梅毒、クラミジアの項目があり、結果は全て陰性。一番下に通った保健所が印刷されてある。私でも知っている所在名。信じてもよさそうだ。にしても、紙を持つ手震えすぎ。それが可笑しくて、ちょっとした悪戯心が沸き立つ。
「でも、がっつく悪い子にはお仕置き。シャワー無しは次にお預けします」
 腕を組んて、譲らない姿勢を見せる。タナカさんの手の震えがより大きくなって思わず吹き出しそうになる。肩たたき機顔負けの強力振動。
「そこをどうか……! もう一回俺シャワー浴びるし」
「もう一回?」
「うん。それにお金も倍払うよ」
 会ったとき少しいい匂いがしたのは石鹸のものだったのか。合点がいったところで私は観念してあげることにした。稼ぎも増えることだし。
「なら早く浴びてきて」
「分かった」
 ねだるような口調で言うと、まるでフリスビーを追いかける犬みたいにタナカさんはダッシュでシャワールームへ消えた。
 面白い人だと思う。女子高生相手に必死になっちゃって。だいぶ可愛げのある男の人だ。それは情事の間も同じだった。
「あっ……ん、あ」
「いい、凄くいいよ」
「……んっ、んん!」
「ここ、いいの? 一気にキツくなった」
「ごめ……な、さ」
「謝らなくていいよ。気持ちいいだけだから」
 キャンディを与えられた子供のようにタナカさんは私に夢中になってくれた。彼は純情だ。私が生まれて初めて演技をしていることにも気づかずにたっぷり三回私を味わい、前戯不足で濡れずに少し血が出て痛がる私を処女だと勘違いして終わったあと嬉しそうに謝ってきた。
「ごめん、まさか処女とは思わなくて。ごめん。でも、ありがとう」
 おめでたいやつだと思う。少し馬鹿入っていると思う。けど嫌いにはなれなかった。だって、どれもタナカさんが良い人だという裏付けにしかならないから。
 タナカさんはピロートーク中、ずっと子どもみたいに私の首筋に顔を埋めていた。なんでそんなに匂いを嗅ぐのが好きなんだろう。訊ねてみると、これまた純情な答えが返ってきた。
「最初はそこまでなかったんだけどね。ふとしたときにそのまましようと思ったらシャワーは絶対浴びたいって拒否られて。元カノ二人ともそうだった。そっからだなぁ、一度でいいから全部受け止めあったセックスがしたいって夢ができてた」
 全部受け止めあう、か。湯尾君は必ず身体を清潔にしてから触れ合っていたから、そうするのが当たり前だと思っていた。もしかして逆なのかな。最低限のマナーじゃなくて、細心の注意を払った結果だったりするんだろうか。だとしたら、少し寂しい。
 些か物憂い気持ちが募ってきたところで、私は思考の舵を切った。
「よかったですね、私に会えて」
「うん。本当に」
「全部受け止めあったセックス何度もできるから」
「……それって」
「次はいいですよ。二人ともシャワー無しで」
「マジで!?」
「マジです」
「やったー。ミオちゃん大好き」
 結果を述べるとこの日の稼ぎは五万だった。確か私の年代の相場は一万から三万だと聞いたことがある。ゴム有りでこれは上出来じゃないだろうか。プラス二万はシャワー無しと喪失代。次からは喪失代は期待しないほうがいいかもしれない。
「次、いつ会えるかな」
「いつでもいいですよ」
「そんな事言ったら、明日にしちゃうよ」
「タナカさんがいいなら」
 私はお金さえ貰えればそれで。
 こうして明日の約束をし、今度は一緒にお風呂に入ってから私たちはホテルを出た。タナカさんとは駅で別れた。交通費も別れる前に往復分出してもらえて、財布の中はほくほくだ。湯尾君に言ったら、どんな反応するだろう。期待半分、不安半分の気持ちを抱えながら私は帰路についた。
 ただいま、とドアを開ければ中は真っ暗。ことりとも音がしない。異様な空気にドキッとしつつ明かりをつける。見覚えのある寝袋が玄関に足を向けて廊下に転がっていた。丸々と膨らんでいる。枕元にはティッシュの箱と使用済みの屑が。
 湯尾君?
「あ、おかえり」
 もぞりと寝袋が動いた。中身はやっぱり湯尾君で、何やら目蓋と鼻先が赤らんでいる。私の心臓が不穏に跳ねる。
「どうしたの」
「風邪引いたから」
 そんな。出かけるときは普通だったのに。全く気が付かなかった。
 意外と自分が浮足立っていたのだと知る。
 私は靴を脱ぎ、横になっている湯尾君の近くにしゃがみこんだ。湯尾君の視線が床に落ちる。
「大丈夫なの。寝袋じゃなくて布団で寝たほうがいいんじゃ。なにかしてほしいことある?」
 だいぶ鼻をかんだみたいだし、水分補給はしたほうがいいかもしれない。おかゆは作ったことないけどスマートフォンを貸してもらってレシピを見ながらならいけるかも。あれやこれやと頭を動かしてみたけれど、湯尾君はしんどそうに目蓋を閉ざすだけだった。
「伝染るといけないからあんま近づかないで」
 有無を言わせない声には、分かった、と従うことしかできない。湯尾君の癇に障らないよう就寝準備を済ませて、一人ぽつんと布団に潜る。
 明日は早めに起きて湯尾君の面倒をみよう。
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