繋ぎ飼われたその果てに-12

 あの感謝の意味は何だったのか。考えて間もなく閃く。私が外に出るという選択肢があったのだ。流されるままに寝袋を受け取らず、どちらかにお金を要求して外泊するなり、それが無理だったら静けさに包まれた夜道を散歩するなりできた。それをしなかったのは。言うまでもない。湯尾君は私が自覚する前に見透かしていたんだと思う。私が彼女に感謝を告げた時点で。
 湯尾君に情を抱いている。どの様な形かまではハッキリしない。けれどこれは確実に。
 だから、こうしてプラトニックに湯尾君を思う彼女を目前に焦燥感を掻き立てられるのは仕方のないことなんだ。
「ゆお君は本当に良い子だから」
 二人目の女性と会ったのは一人目が襲来した二日後、いわゆる花金だった。場所はショッピングモールのフードコート。映画館の側にあるから、夜7時という時間でも人で溢れていた。わいわいと賑わっている。彼女に連れられてあれやこれやとブランドの服を湯尾君のついでに買ってもらったあと、夕飯の注文を男手に全部お願いして二人きりになり、細い背中を見送り続ける彼女に思わず私は訊いてしまった。
 "私、邪魔じゃないですか"。
「だから、あの子が連れてくる子も良い子だって私信じてるの」
 笑顔で言い切る彼女。直接話さずとも湯尾君が背負っている事情を知っていることは、それだけで分かった。彼女が主張する理論から言えば、他の女性も全員同じように捉えているのだろうか。あからさまに牽制をしてきた一人目と比べると根が純一で驚きを隠せなかった。お金で甘やかす関係なのに。偏見だったけれど、皆一人目と似たりよったりな存在だとばかり。でも、彼女は違った。高校生に大盤振る舞いをするという一点を覗き、仕事帰りに気分転換するスーツ姿のOLと至って平凡な印象を与えてくる。湯尾君がくれた前情報では大手商社の営業とのこと。容姿は地味だし、どう見てもヒモを放し飼いにしている内の一人には見えない。
 隣の席に家族連れが座った。小学生くらいの男の子がキャラクターのソフビ人形を手に持ってはしゃいでいる。映画を観てきたあとらしかった。両親は30歳前後だろう。私の目の前にいる彼女と同年代なのは間違いない。
 そう、彼女も結婚していてもおかしくない年齢だ。経済的に自立出来ているのは考えずとも分かる。ふわふわしている彼にかまっている暇があったら、相手を探せばいいのに。私の独占欲は皮肉に終わる。
「どういう出会いだったんですか?」
 恍惚とした女性の表情が一層濃ゆくなった瞬間だった。
「合コン。お互い明らかに数合わせだったのに、気づいたらずっと話してて」
 そのままその日のうちに。なんてくだらない妄想は裏付けされる。
「だってヤケクソで話した懐アニ話にあれだけのってくれたら、ねぇ」
 私と彼女の間を割るように帰ってきた湯尾君はリプライコールをテーブルに置いた。
「だってゆお君世代じゃないのに知ってるんだもん、ねぇ」
 語尾を合わせて彼女が笑い出す。湯尾君も笑みをこぼし、私の隣、彼女からしたら向かいの席に座った。
「いきなりオタク話で盛り上がってあの場凍ってたよね」
「私ビックリしすぎて大声出しちゃったもんね」
「俺もつられて"知ってるの!?"って大声出しちゃってさ」
「覚えてるー。しかも同じ光属性好きって知って笑いが止まらなかったもん」
「光とは名前だけの実質闇担当だしね」
「なかなか同士見つけられないよね」
 "ねー"と意気投合する二人を横目に私は当時同じ場に居合わせたその他複数名に共感した。このノリがいきなり始まったら凍りつくのも仕方がない。そのまままた懐アニ話で盛り上がりだした二人をアラームが引き離す。湯尾君が席を立った。そして私は牙をむく。
「二人って恋人ではないんですよね?」
「うん、ただの友達だよ。私は全然そういうのじゃないから」
 微笑む女性は充分上から物を言った。

◆ ◆ ◆

 私の負けだ。"友達"と言われてしまったら成り代わることができない。そのカテゴリーは複数人いて当たり前のものだから。愚かな失敗に焦りが生まれる。
 このままじゃ湯尾君を。湯尾君を。いや、そもそも。私は彼をどうしたい?情は抱いている。何の情?恋愛感情?にしては甘くない。支配欲?にしては生ぬるい。何だろう、これ。
「のどかー。そこだけ擦り続けられたら痛いんだけど」
 浴室の中、ハッと顔を上げて後悔した。鏡越しに湯尾君と目が合って、また見透かされそうで、焦りが酷くなる。
「ごめん」
「気づけばよし」
 私はゴシゴシと彼の背中を洗い続けていた手を止めた。二人目の女性と会った衝撃から約三時間後、物音が一々響く浴室の中でやっと我に返ることができた。赤くなってなきゃいいけど、なんて呟きが転がってくる。洗い流してみると、その不安は的中してしまう。
「ごめん」
「え、やっぱ赤いの?」
「ごめん」
 さっきから謝ってばかりだ。異変を表すには上出来すぎる。そんな私に気づいてか気づいてないのか湯尾君は茶化して言った。
「じゃあ、お詫びにこのままクリーム塗ってよ。ヒリヒリする」
「このまま? 風呂上がりじゃなくて?」
「うん。上がったあとだと乾燥するからね」
 肌の乾燥、それも背中のを気にする男子高校生なんて初めてだ。誰から教えてもらったんだろうと思念に気を取られそうになって思いとどまる。ダメだ。そっちじゃ、同じことの繰り返し。
 在り処を教えてもらって、それを持って再度浴室に入る。湯気のせいもあって細い背中を一層白く感じた。私が残した痕が異様に赤く浮かび上がって見える。"どうしたの? これ"。彼女の声が聴こえる。経緯を聞いて笑う彼女が、そっと指を這わせる彼女が脳裏をよぎる。
「ねぇ」
 私は一旦クリームの入った容器をタイル床に置いた。
「ん?」
「これ痛い?」
 そう口を閉ざしたときには唇をあてがっていた。肌を食むように含み、吸う。
「ちょ、のどか」
 背中を吸われて零れ出た悲鳴は私の胸を掻き乱す。
「じゃあ、これは?」
 今度は湯尾君の腰に手を添えて、赤くなった部分を中心に舌を下から上へ何度も動かした。
「のどか」
 制止を聞かなかったことにして続けていたら、湯尾君は背中を丸めて距離を作った。
「それ以上やるならこのまま始めちゃうよ」
 いいよ。
 私はゆっくりと皮膚の上から背骨を舐めた。

◆ ◆ ◆

「あっ」
「声抑えて。響く」
 無理だ。立ったまま行うのは初めてだから、奥の感覚がいつもと違う。そのせいで頭の中がはち切れそうになって回らない。胸元が心もとなく揺れるのも気になる。
「ん、んんっ」
「悪い子」
 肩をつかまれ、身体が45度回転する。ゆるく開いていた口を口で塞がれた。酸素が薄くなり頭が痺れ、きゅんと中が疼いたのに自分で気づく。少し苦しい。自然と口元が緩くなって端から唾液がぽたぽた垂れた。このままならない感じが嫌に続いて、最後は自分のものとは思えないくらいに意識が遠のいた。覚えているのは感覚を研ぎ澄ますように閉ざされた彼の目蓋くらいだった。
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