繋ぎ飼われたその果てに-06

 日曜日のゆったりとした朝。昨夜緊張して中々寝つけなかったかわりに、午前11時と平日だったら二時間目が始まっている時間帯に悠々と起き上がる。私の隣に、湯尾君の姿はない。
 玄関の方から話し声が聞こえる。お客さんだろうか。いや、湯尾君の声しか聞こえないから、たぶん電話。
 予想は的中、玄関とリビングを繋ぐ廊下からリビングのドア越しに、湯尾君は起きた私に手をふった。右手にスマートフォンを持って、左手で自分の服をつまんで何回か引っ張っている。今のうちに着替えろということだろう。それに従い、私服に着替え終えると廊下から湯尾君は帰ってきた。
「おはよう。眠れた?」
「おはよう。お陰様で。中々寝つけなかったけど」
「でも、そのうち」
 言いかけた湯尾君の声を遮ったのはスマホのベル音。
「またかよ。しつこいなぁ」
 舌打ちをして、ズボンのポケットから音源を取り出す。
「うわっ」
 不機嫌モードから一変、焦りの色を見せる。先ほどとは別の電話主だったみたい。
「はい、俺。うん、今日? 夕方までなら空いてるよ。どこいけば……」
 再度、廊下へと消える背中。今日はなんだか忙しそうだ。
「のどか、俺出かけるから留守番頼む。でも、夕飯俺たち二人で外食ね。18時くらいに出れるよう準備しといて」
「分かった」
 ゾクッと脇腹が震えたのは気のせいじゃない。出かける=例のお姉さんだろう。
 彼を見送り、あの人だろうか、といつしか見た女性を思い出す。大人という言葉がお似合いの綺麗な人。その隣に堂々と並んでいた湯尾君。背が高いし、着ているものも上物だったから違和感がなかった。単なる歳の差カップルにしか見えなかった。誰が飼い主とヒモの関係だと思うだろう。
 そういえば、今日は比較的ラフな服だったけど大丈夫だったのかな。
 急いでいたみたいだし、オシャレに着こむ余裕はなかった。しかし、それはいらぬ心配だった。
「ただいま、準備できてる?」
 午前中に掃除を終わらせてまったりしていた最中バタバタと帰ってきた湯尾君を見て、胸の内で一言。
 着てる服が違う!
 大学生の日常着から社会人の勝負服くらいに進化していた。紙袋を持っているから、その中に行きがけ身につけていたものは入っているんだと理解する。着て歩く服がないなら買えばいいじゃない、そんな世界なのか。
「こんなんでいい?」
 高校生としては上出来な方だと思っていたけど、この湯尾君の横を歩くにふさわしいかはたった今自信をなくしたところだ。
「いい、いい。じゃ、行こうか」
 大きな手が私の手首をつかむ。
「待って、財布」
「お金はあるから、のどかは手ぶらでいいよ」
 さっ早く、と何故かダッシュで手を引かれた。その理由は部屋を出てすぐにわかった。
 タクシー移動!?
 アパートの門の前にタクシーが止まっていた。それに乗り込み、着いた場所はアミューズメント施設。聞いていた話と違う。それを問いただしたら、また斜め上の返答。
「これから何人か友達紹介するから、いい感じのいたら練習してみなよ」
 時間つぶしにUFOキャッチャーのブースをぶらぶらしながら、透明な箱の中に並ぶぬいぐるみたちを眺めるさなか、湯尾君は私に流し目をよこした。
「昨日の今日で?」
「うん。変な奴はいないから。それは保証する」
「昨日の今日で?」
「実践に勝る学習はないよ」
 いつもいつも湯尾君は急だ。もしかして厄介払いをしたいのかもしれない、とネガティブに走りかけるも、それなら最初からこんな面倒な準備運動の話を持ちかけないわけで。
 彼は本気で言っているんだ。真剣だから、教えるのが下手だと自覚していても、こうして何かしらの形で私の背中を押してくれる。
「大丈夫、なんかあったら守るから」
 ちょっと前まで赤の他人だった私にこんな言葉までくれる。試しに信じてみるか。
 そうして、湯尾君が引き合わせてくれた男の人は三人。年は近いけれど全員年上だった。高校生二人に大学生一人。仲人曰く"年下で練習しても意味ないでしょ"。ぶっつけにも程がある。練習だからよかった。
 慣れないことに緊張しいだったものの、レースゲームにエアホッケー、ボーリングとアミューズメントの王道を突き進んでいるうちに一人だけ、そんな感じの雰囲気になれた。最年長の大学生、メンバーの中でもカジュアルなファッションで親しみやすい容姿の持ち主だった。名前はよくあるものであまり印象が残らず覚えきれてない。
「ねぇ」
 ボーリングの途中、喉が渇いたから湯尾君に貰ったお金を持って自動販売機に向かっていたら、後ろからタッタと小走りで大学生は私を追いかけてきた。
「なに?」
 歩くペースをおさえて、肩を並べる。
「このあとカラオケ行かない? のんちゃん、ボーリングちょっと疲れてきたでしょ」
 投げる度に湯尾君に爆笑される私を気遣ってくれたらしい。
「あ、バレた?」
 甘えた口調で、湯尾君のコミカルさを思い浮かべながらはにかむと、彼も笑顔を返してくれた。
「俺も疲れ気味だから分かる。湯尾のやつ自分が得意だからってはしゃぎすぎだよな」
「分かる! いくらなんでも調子にのりすぎだよね」
 オレンジジュースに決めて、ボタンを押す。ガタンと取り出し口で大きな音が鳴った。私が手を伸ばすより先に大学生が腰を曲げて取ってくれた。
「はい。で、カラオケどう?」
「うん、いいと思う。ていうか、そっちがいいな」
「うっしゃ、多数決勝ち! おーい」
 ありがとう、と受け取ると、湯尾君たちが座っているスペースへ腕で丸を作る彼。
 一方で湯尾君はえーと一人不満気な声をあげていた。その様を見て二人で顔を見合わせて笑う。
「んじゃ、さっさと湯尾のターン終わらせよ」
 残る二投は私と彼。さぁ、とさり気なく肩を抱かれて、胸中で狙いを定める。そのあと、ボーリングコーナーからカラオケへと移動する際、今度は腰に手が回ってきた。正しくは腰より少し下。あからさまだな、と内心あざ笑って好意を甘んじて受ける。湯尾君は私と大学生の間に気づいたらしく、それとなく他二人を自分の方にひきつけてくれた。こちらへの干渉はなかった。
 そしてカラオケで盛り上がっている中、私が部屋から抜けて手洗いに行くと帰りに大学生に待ち伏せをくらう。おう、と彼は気軽に手を振ってきた。私も返す。そのまますれ違うだけかと思いきや、その前にすっと手を取られた。壁際に引き寄せられ、耳元で話しかけられる。
「さっき湯尾から聞いたんだけどさ、のんちゃん彼氏いないってマジ?」
 こんなドラマでよくあるシチュエーション実際に起きるんだ、と頭の隅で感心した。
「うん、そだけど」
 開き直らずに恥ずかしさを強調する。
「へぇ、ガチなんだ。周りの男見る目無いね」
 いないどころかできた例がない。それを教えたらどうなるだろうか、少し迷う。
「俺は……」
 意味ありげに喋りが止まる。気になって見上げると、思ったより顔が近かった。
「のんちゃん結構好きだよ?」
 少しずつ距離が縮まる唇と唇。目、つぶったほうがいいのだろうか。ドギマギ、する。このまま関係に至ったらどうなる?考えて結論に辿り着く。お金にはならないだろう。
「あー抜け駆けしてやんの」
 ビクッと二人の肩が跳ねた。
「マジか」
 大学生が私にしか聞こえない声で呟いた。一緒に声がした方へ顔を向ける。
「ずりー! このまま二人で抜けようってか? これからみんなでファミレス行く流れになってんだぞ、こっち」
 ニマニマ笑いながら湯尾君が歩いてきていた。
「お前、初対面で突っ走り過ぎ。らしくねーな。のどかこういうの慣れてないんだから次までお預け」
 な、と大学生の肩に手を置く。湯尾君は背が高い。彼とほぼ同じ高さの眼差しは鋭く私たちを見透かす。
「ファミレスってまだ食べるのかよ」
 苦し紛れの反発心。けれど余裕綽々の湯尾君にそれは効かなかった。
「今期間限定でフォンダンショコラやってんだよ」
「この季節に?」
「そう、春季限定イチゴ味のフォンダンショコラ。のどかイチゴ好きだろ」
 好きなフルーツは何かなんて話したことはなかった。そのうえ、私が好きなフルーツはみかんだ。
「うん、いいね。イチゴ味のフォンダンショコラ食べてみたい」
 結果に大学生の彼は不服そうだったけれど、先行く湯尾君の後ろで軽く手を握ったら心なしか嬉しそうにしていた。
 イチゴ味のフォンダンショコラは香料が少しキツくてくどかった。でも、それを美味しそうに食べる湯尾君を見たら自然と私も美味しく感じられて、注文が来たときは半分くらいで胸焼けしそうだなと覚悟していたものの、綺麗さっぱり完食することができた。どうやらイチゴは湯尾君の好きなフルーツだったらしい。
 帰りは湯尾君と帰った。大学生は明日提出のレポートがあるとかでそそくさ退散。なら、遊びに来るなよというツッコミは胸の中に仕舞っておく。
「どうだった? 手応え、あったんじゃない?」
 家に着いた湯尾君の第一声にぎこちなくだけど私は頷いた。
「そうかな」
 靴を脱いでリビングへ足を進める。
「キスまでしそうになってたじゃん」
「緊張していっぱいいっぱいだったから分かんない」
「俺からしたらだいぶ進歩したように見えたけどね。コツか何かつかめたんじゃない」
 コツ、と言えるかは分からないけれど。
「湯尾君のこと考えながら相手していたらトントン拍子に進んでビックリはしたかな」
 ちょっとした口調に仕草、湯尾君に言われた恥じらいと謙遜を頭に入れて行動に移してはみた。隠れて手を繋いだりして少しサービスもした。湯尾君ならそうするだろうと思って。
「のどか」
 振り返れば、湯尾君は玄関で突っ立っていた。
「今の、俺以外の男に言っちゃだめだよ」
「なんで」
 言う気はさらさら無いけれど、念の為に確認する。
「なんででも」
 悪戯に笑う湯尾君にどこか違和感を覚える。それをポカンと眺めると、湯尾君はいつもの目を細めたニマニマ顔で靴を脱ぎこちらに寄ってきた。
「今日は頑張ったね」
 後ろからふわりと抱きしめられ、頭をやわく撫でられる。こうされると何も言えない。
 湯尾君はズルイ人間だ。
inserted by FC2 system