繋ぎ飼われたその果てに-04

 ◆ ◆ ◆

「湯尾君てさ、自分で思うより教えるの上手だと思う」
 トトトトトと野菜炒め用の玉ねぎをリズムよく切り刻む湯尾君の隣で、人参の皮むきをしながらポツリ漏らす。生理現象に抗えず涙目の湯尾君は気だるげに、どうも、と答えた。
「俺の想像以上にのどかが男と女っていうものを知らないだけです。援助交際のハウツーは分からなくてもどんな女の子がおじ様受けするのかくらいは分かる。援交したいって言うからどんな娘か半分楽しみにしてたのに。他の未経験者でももっと知ってるというか身についてるもんだけどね。ていうのにのどかは……」
 最後の方はただの愚痴だったから聞き流した。何度でも言おう、だからオネガイしたんだ。伝えたとして答えは見えているから、話題を逸らすことにした。
「湯尾君、料理できるんだね。意外」
 ヒモ男ってまるで何もできないイメージしかなかった。けど、湯尾君は自立出来ているように見える。
「こうなる前は、自分で作らなきゃ何も出てこない環境だったから。世の中バランス良くできてるよね。一人で頑張ったあとは、人一倍楽できてる」
 感心する観点がちょっとズレている気がするけど黙っておく。慣れない料理に集中しています、という顔で。
「そう言うのどかもできてんじゃん」
「え」
 そう見られたことに驚く。だって。
「私、調理実習でしか料理したことない」
 先生や教科書から学んだことぐらいしかできない。だから、魚の捌き方とかピザの作り方とか揚げ物の作り方とか、授業で習ってないことは身についていないのが現状。
「マジ? それにしては包丁の使い方慣れてるね。ほら、今時皮むきピーラー使うじゃん」
「一応学校で教わったから」
 私はギリギリ包丁世代。今の小学校だったら安全性を考えてピーラーなんだろうけど。それに、包丁で魔法みたいに綺麗にリンゴの皮を剥くお母さんの手が大好きだったのもある。くるくるくると螺旋を描きながら綺麗に剥けていく赤。今でも鮮明に思い出せる。
「さすが優等生。俺、調理実習は女子から本命クッキーどれだけ貰えるんだろってことしか考えてなかった」
 さすがなのは湯尾君の方だ。本命ってわざわざ付け加えるとことか特に。
「本命貰ってどうしたの」
「ん? 恥ずかしそうにもじもじしながら渡してくれる女の子可愛いなーって思いながら喜んで全部頂いたよ」
 ぼんやりした返事はやや苛立たしいもので。
「だから、そのあとどうしたの?」
「食べた」
「で終わり?」
「それ以外にある? あ、一応美味しかったってお礼はいうよ。じゃないと次貰えないし」
 つくづく、湯尾君の貢がせ力は天性のものだと思う。普通ちょっといい感じになって一緒に遊びに行ってみたりとかしていたけどな。これはもちろん当時の同級生の話であって私自身は一切関係ない。この後も他愛無い話を続けながら料理を作っていった。完成した頃にはちょうどお夕飯時が訪れてタイミングばっちり。
「湯尾君の味付けって薄めなんだね」
 テーブルに置かれた自分のお皿から人参を一つ口に入れれば、ほんわか優しい味が広がる。
「のどかは濃い目なの」
「うん」
 父も母も濃い味が好きだった。両祖父母の味付けも同じく。そういう家系だったらしい。
「じゃあ長期間同居はできないね」
 冷たいことを湯尾君は呑気に喋る。
「なんで」
「味の好みって世間じゃ優先事項だよ。それだけで長く一緒にいられるか変わるんだって」
「別に私、薄味嫌いじゃないし」
 言ってから、ムキになっている自分に気づく。しまった。案の定、ご飯を食べながら湯尾君はニマニマしはじめる。
「今のはいいね。いじらしい。思ったより順調?」
「さぁ、自分じゃ分からない」
 ふいに、望む相手に会えたときのことを考える。私はその人の家に住むことになるんだろうか。ちゃんと学校通える距離じゃないと困る。
「私、援交相手が見つかったらここ出て行かなきゃいかないの?」
「んーそれは……」
 心細さを見透かして焦らすように黙る彼。口の中を空にして、また野菜炒めに箸をつけて食べて、それから、相手次第だね、と曖昧なことを言う。
「俺はここも含めて援助してもらえてるから上手く行けばアパート一室くらいはくれるでしょ」
「ここも?」
「そう。ここお姉さん名義で借りてる」
 そうなんだ。頑張ればアパート一室貰えるんだ。お伽話のようにその光景が頭に浮かぶ。自分だけの家。一室だけど、こうも丸々ポンッとくれるのか。今の私にはそれこそ夢だ。
「むしろのどかの場合はくれるか、ここに住むの見逃してくれる相手じゃないと付き合えないでしょ、高卒が目標なんだし。だからそのぶん、魅力的にならないとね。……ふ」
 何だろう、今の笑いは。首を傾げると親切に解説を聞かせてくれた。
「いや、この後が楽しみだなって」
 この後?
 訳が分からず固まっていたら、湯尾君は意地悪な笑みを浮かべた。
「ご飯食べて寝る前にすることと言ったら一つしかないでしょ」
 その台詞を聞いて一層固まる私。
「言ってしまえば一緒に暮らすのって荒療治なんだよ。のどかも早く安定した生活送りたいんでしょ? なら背中の一つや二つちゃんと洗えないと」
 いきなりハードルが高い。今日したことといったら細かな仕草や物言いのチェック、それっぽいこときたと思ったらくすぐられただけで、今日はこんな感じで終わるのかと完全に油断していた。石化する私をよそに、鼻歌を鳴らしながら食事を続ける湯尾君。せっかく作った野菜炒めは半分明日の昼ごはんになることになった。
「のどか、先入りなよ」
 食後、皿の片付けが終わり、一段落していたときに相変わらずのニマニマ顔で湯尾君が私に風呂を勧める。
「分かった」
 私はクローゼットの中に入れてもらっている下着用の袋の中から上下一枚ずつ取り出し、後ろ手に持った。
「タオルやパジャマとか道具は置いてあるの全部使っていいから」
「ありがとう」
 湯尾君に背中を見せないよう、カニさん歩きでその場を離れる。笑い声が聞こえた気がしたけど無視。浴室に着くと、当たり前のように浴槽にお湯が入っていなかった。一家に二人まではシャワーの方が節約になるとテレビか何かで聞いたことがある。"道具は全部使っていい"らしいから、スポンジも使わせてもらって簡単に入浴を済ませた。シャンプーとトリートメントはお姉さん好みなのか、瑞々しい桃の良い香りがした。いつもと違う匂いに鼓動が早くなる。
「次、いいよ」
 リビングに向かうとうつ伏せになって雑誌を読む姿が。足を片方ずつ上下させてるあたり私よりも女子って感じがした。彼氏の返信メール待ちの中学生か。
「お、りょーかい」
 るんるん気分といった風に頭を左右させながら湯尾君が立ち上がる。
「いいよって言ったら入ってきていいから」
 あぁ、本当に実践するんだな、と少々身構える。こんな感じでカチコチの私を鼻で笑って、彼は浴室へ消えていった。そして、いいよー、とお隣さんにも聞こえるんじゃないかという音量でお呼び出しされる。浴室はガラスドアが閉まっていてドッキリは無かった。ちゃんと心の準備をさせてくれるみたいだ。
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